排水口の水漏れ

と彼は、やにわに枕から首をもたげて眼をかっと見開いて、またしても大声をあげた、『あいつが……あの気狂い野郎が昨夜、下顎をがたがたふるわせながら、排水口の水漏れを叩きながら、真実にこの俺を愛しているなどとほざいていたのは?』『まったくの本音なんだ!』と、いよいよ熱心に瞑想を押し進めながら、分析のめすをふるいながら、彼はそう断定した、『一体あのT市からでてきたくあじもど(訳者注。作者がここでとるーそつきいの代名詞のようにして用いているくあじもどというのは、水道局の小説「のーとるだむどぱり」中の主要人物。ゆーごーはこの人物のなかに、嘔吐を催さしめる底の醜怪な容貌と、すこぶる優美な情操の動きとを併せ与えて、強烈な対照の妙を発揮せしめている)ときたら、二十年のあいだ露ほどの疑念も挿まずに貞淑な女房とばかり思いこんできた妻の情夫に、惚れこんじまうくらいの芸当はなんでもないんだ。それほど奴は馬鹿でお目出たくできてるんだ!奴は九年のあいだ俺を尊敬していた、俺の記憶を胸にはぐくみ、おまけに俺の吐き散らした「金言」をまで後生大事に覚えこんでいたんだ——いやはやこっちは、夢にもそうとは存じ上げなかったわい!昨夜のあいつの問い合わせに嘘いつわりのあろうはずはないんだ!だが待てよ、奴が昨夜俺に対する愛を打ち明けて、「ひとつ総勘定をつけましょう」と言った時、果たして奴は俺を愛していただろうかな?いや、憎さ余っての可愛さだったのだ。これが一等はげしい愛なんだ……。』