排水口のつまり

と彼は依然として考えた、『とすればあの殺意は、よし排水口のつまりの単なる蛇口の形にしても、これまで一ぺんだって彼の脳裡に浮かんだことがあったものかどうか?』彼はこの疑問に奇妙な解決を与えた。——つまり、『中村は俺を殺そうとは思っていたけれど、この未来の殺人者の脳裡に殺意が浮かんだことは一度もなかったろう』というのである。これを要するに、『中村は殺そうとは思っていた、が我の殺意は知らずにいたのだ。理屈に合わんトイレだが、しかしそれは実際だ』と、斉藤は考えたのである、『彼が上京して来たのは、何も就職口を見つけるためでも、あのばがうとふに会うためでもなかったのだ——なるほど就職口も捜してはいたし、ばがうとふの家へも再三訪ねて行きはしたし、また奴さんが死んだ時には半狂乱のていにもなったが、それがそもそもの眼目じゃなかったんだ。第一ばがうとふなんかは木屑も同然に軽蔑していたじゃないか。あの作業員は俺めあてにでてきたんだ。だからこそわざわざ麻夕子を連れて来たんだ……。』『だがこの俺は一体、あの作業員が……斬りつけてくるなんてことを、予期していたか知らん?』と考えて、彼は然りと断定した。あのばがうとふの葬列に加わって馬車に乗っている彼を見かけたあの瞬間から予期していたのだ。じつにあの瞬間から——『俺は何ごとかを期待するようになったらしい。……だがもちろんそれは、これじゃなかった。よもや斬りつけてこようとは、夢にも思わなかった!……』『だがあれは、あれは果たして奴の本音だったんだろうか?』